才太郎畑

日々の備忘録にしたい

『新しい世界を生きるための14のSF』を読んだ

判名練 編『新しい世界を生きるための14のSF』早川書房

 図書館で偶然見つけた1冊。最近小説読んでなかったな、と思い借りてみたらこれが面白いのなんの。中高の頃はいわゆる本の虫だったが、最近バズっている本のタイトル通り、現在はスマホだとかゲームだとかテレビだとか、いろいろ他のことに時間を割いてしまってわざわざ本を読むことが少なくなってしまった。それに危機感を覚えて、最近はなるべく本を持ち歩いて外出するようにしているが、それでも新書とか学術書系が多くてジャンルが限られている。大学生以来、レポートや卒論のため、今は同人誌の原稿のために知識を手に入れる目的で本を読むことはあれど(これらももちろん面白いけど)、小説はさっぱりだった。

 中学生・高校生の頃、人生で一番本を読んでいた頃は純粋に本を読むのが好きで、暇な時は商品の成分表示に目を追ってしまうくらい活字中毒だと思っていた。実際は当時クラスに馴染めず孤立していたので、読書は一人で暇をつぶせる手段として学校生活の上で都合が良かっただけだ。まあ当時孤立だけで済むはずはなく、陰口や嫌がらせも度々あったし、私物が無くなったことも何回かあって今思えばそこそこギリギリな精神状態だった。しかしギリギリのところで不登校等にならず支えてくれていたのが本であり、物語の世界だった。良い物語に触れることは心の栄養になるってこと、本書は久々にそれを思い出させてくれた素敵な本だった。

 SFというジャンルに詳しくはないが、多分知らずのうちに触れてきていると思うし、多分好きだ。エヴァとか好きだし。そう思って手に取った本書は14の短編アンソロジー。文庫にしてはかなり分厚かったが、初心者向けで読みやすい(実際に図書館では青少年向けの棚に並んでいた)。読み始めて驚いたのは、一口にSFといっても、その中で様々な分野に分かれていて、かなり幅広いジャンルに分かれていること。SFは世に溢れているんだなあ。その中でも特に心に残った作品の感想を以下に述べたい。一作を除いてできるだけネタバレしないように書いているので、もしこれを読んだ人がいたらぜひ読んで。

 

『回樹』斜線堂有紀

 これがSF百合か!!なぜかSFと百合が相性が良いと巷で流行っているとの噂を聞いていたSF百合、実在したのか……(もちろん、存在は知っていたが実際に読んだことが今までなかった)時間経過で変化していく、二人の微妙で繊細な関係性が巧みな筆致で描かれている。いうなら米津玄師の「メランコリーキッチン」に近いような雰囲気。こうもするすると抵抗感なく読めて、的確に伝わる文章が書けるのすごいなあ、さすがプロ。

 タイトルの「回樹」は、突如現れた、死体を吸収し自身に愛情を転換させる謎の物体。オカルト?ホラー?な雰囲気あるな、と思ったけれど、これもSFなのか、これがSFなのか。現実世界では到底あり得ない現象を、いかに説得力を持たせてリアリティのある世界観に落とし込むかがSFの面白さなのだと気づいた一作。

『もしもぼくらが生まれていたら』宮西健礼

 科学コンテストに挑む高校生三人組の青春ものかと思ったら、読み進めていくうちにじわじわと覚える違和感、この正体が中盤で理解でき、以降付随するうすら寒さ、そしてラストの一言に唸る最高の構成。日本で生まれ育って、日本の歴史教育を受けている者なら分かるので、もうこの後の文章を読まず何も聞かず、一切のネタバレを踏まずにすぐ読んでほしい。そしてファーストインプレッションでこの物語を感じてほしい。

 隕石衝突という未曾有の大災害が迫る中、リアリティのある対策がどんどん提示され展開していく、他作品と比べても極めて現実的な、地に足のついたザ・SFな雰囲気の作品……なのだが、とある科学技術の一点のみが決定的に現実と異なる、IFの世界が描かれている。「強力な爆弾」——つまり原子爆弾、この作品は原子爆弾の開発・投下が行われなかった世界を描いている。この構成のうまさに舌を巻きつつ、頭を抱える思いだった。なんだって~~!?こんなの面白すぎるだろ。のめり込んで読み進めると、作中で考えられている原爆利用における様々な懸念点は、我々の生きるこの世界の現在や未来を指していることに気づき、苦虫を嚙み潰したような顔をしてしまう。高校生たちの、利権に囚われない真っ当な意見に、我々人類は既に選択を間違えたんだなと思い知らされる。結局、作中では核開発を回避して小惑星衝突の被害を抑える方法が発見され、一抹の不安を残しつつもハッピーエンドに。……とはならず、最後の一節は急すぎて少しまごつくほどのメッセージの強い独白になる。そして最後の一文はこれだ。

誰も、何も核に奪われたくないからだ。トモカを。タクヤを。ぼくらの生まれ育った街――ヒロシマを。

 これ以外正解はないだろうという文。最後の最後で、この作品は「原爆が投下されなかったIFの世界のヒロシマ」を舞台に描かれていたことが分かるのだ。短編ながら読み応えのある作品で、あとまあ個人的に興味のある分野がテーマだったのもあって、本書の作品の中でも特に好きな作品だった。

 読んでる途中はなんとなく流していたが、途中で登場する「産業奨励館」、もしかしなくても原爆ドームだな……??勘のいい人(とおそらく地元の人も)はちゃんとすぐ気づいたのかもしれない。

『九月某日の誓い』芦沢央

 戦前の世界観と名家の不穏な空気感が魅力的な和風ダークファンタジー……と思いきやSF。いや、元素と超能力がテーマなので間違っていない。操様のキャラも濃いし、超能力者が軍部に複数名いると作中で触れられていて、もっとこの世界の物語の続きが読みたくなった。コミカライズとかアニメ化とかしてほしい。短編でこんなに奥行きを感じさせるのすごい。やっぱ小説がうまい人はすごい。未来への不穏な気配を孕みつつも、主人公たちの行く先にどこか希望も感じさせる終わり方がよかった。

『大江戸しんぐらりてい』夜来風音

 なんなんだこれは……面白すぎる……と唸った作品。国文学SFとでも言えばいいのか??江戸時代に大規模な演算機構(?)が爆誕する歴史改変ものだが、史実の調理がうまくてのめり込んじゃう。関孝和とか渋川春海とかの天才数学者を主軸に置きながら、もう一方の主要人物である国学者の契沖がもたらす『万葉集』、特に柿本人麻呂の歌がかなり重要なキーワードになっている。理系と文系の異分野同士が相互に作用しあっていて、新鮮でワクワクする。終盤は追われる立場となった主人公たちのスピード感のある展開が面白い。本作の主題である「算術長屋」がどこで、というかどういう人たちで構成されているかが分かった時なるほど~~!ずるいわ面白~~!!になった。読み応えあって、人に勧めたくなる作品。

『ショッピング・エクスプロージョン』天沢時生

 これはド○キ。どうあがいても○ンキです。架空の激ヤバディスカウントショップ「サンチョ・パンサ」が世の中を埋め尽くすディストピア世界で、笑いあり!涙あり!友情あり!の冒険譚が描かれるサイバーパンク作品。最高にクールでイカれたバディもの。たくさんの要素がごちゃごちゃにつまったカオス、それがイカしてて面白いって、そういうところが既に○ンキ的なのかもしれない。例の店内ソングの歌詞が作中2度も登場するので(もちろん歌詞を絶妙にもじっているが)、読了後しばらくはあの歌が耳について離れなくなる。ぱっと見コミカルな印象が強いが、ストーリー自体は熱くてかっこよくてワクワクする冒険ものなのでシンプルに物語としての強度が高い。大団円で終わるので読了感もめっちゃいい。個人的には「実はアパレル出身のセロニアスが、うっかり昔のクセで『おつかれっす!』と言う」(P524)というストーリー展開に全く関係のない文章の差し込み方のセンスが好き。

『青い瞳がきこえるうちは』佐伯真洋

 VR技術がめちゃくちゃ発展している近未来の、全盲の卓球プレイヤーを主人公にした熱いスポーツもの。物語のキーマンとなる双子の兄や、父との家族の関係性も描かれていて、深さも暖かさも面白さも満点な作品。卓球の描写もさることながら、主人公が初めて視覚を共有した際の未知の感覚の描写がうますぎた。何食ったらこんな表現力が身につくんだ。この作品にはニカという自閉症の選手も登場するが、いわゆる障碍者の描写が真摯だなと思った。

 

 文章自体にギミックがある『点対』(murashit)とか、宇宙旅行の様子がザ・SFな『あなたの空が見たくて』(高橋文樹)とかもめちゃくちゃ面白かったです。今後もいろいろなSF読んでみたいな。